作家インタビュー第1回 仙田 学(作家)1

1、書くこと、のはじまり

──小説を書くようになったきっかけを教えてください。

仙田(以下同じ):最初はマンガだったんです。何か表現をしたいという欲求は15歳のときからあり、いろいろ読んだり書いたりしていました。『ガロ』[*1]が好きで、特に川崎ゆきおさん[*2]の作品に衝撃(しょうげき)を受け、マンガを投稿するように。川崎さんは兵庫県、僕は京都府に住んでいたので、お会いしてアドバイスをいただいたりしました。

──マンガ家としてデビューされたんですか。

20歳ぐらいまでずっと描いていましたが、結局『ガロ』には載りませんでした。
大阪芸術大学に入って映画のシナリオや芝居の脚本も書きましたが、うまくいかなかった。

──それはどのようなシナリオでしょうか。

SFが多かったですね。

でも当時はヌーヴェルヴァーグ[*3]が好きで、訳のわからないものがカッコいいと思っていました。ちなみに大学の同級生に、『私の男』の熊切和嘉監督[*4]がいます。

──原作は桜庭一樹ですね。本は読みましたが、コアな話でした。

その熊切監督のデビュー作に、実は出演してるんです。
『鬼畜大宴会』[*5]という映画です。けっこう海外の映画祭で評価されたみたいですね。

──映画に出演されたんですか!

そのときが19歳ぐらいで、周りには映画作ってる人とか音楽やってる人、芝居やってる人とか大勢いました。芸大ですからね、みんなアンテナ張ってつねに楽しそうなことを求めたり発信したりっていうなかで、自分のやってることがぜんぜんダメだなと自己嫌悪に陥りました。映画も芝居の脚本も結局、すでにあるものに対して自分の作品は面白くないと思い、そこからまったく何も書けなくなったんです。やることがなくなると朝から晩まで酒を飲むようになり、気がつけばアルコール依存症になっていました。

──他人の畑が良く見えてしまう時期ですね。

そんな生活が2年ぐらい続いて、病院に通ったり薬を飲んだりしてました。でも、まったく表現することから離れてしまうと今度は何をしていいか分からない。他の人の作品が優れているなら、とことん研究してみよう。フランス映画が好きだったのでフランス文学を研究しよう。それで学習院大学フランス文学科の大学院に入りました。

──大学院ってまた、すごいですね。

シュルレアリスム文学を研究していたんですが、そのうちに、どうも研究という関わり方では違うなと思い始め……、やっぱり自分で書きたいなと。それで小説を書き出したのが、25歳です。

──マンガ、映画、役者といった選択肢のなかでそのとき、なぜ小説だったのでしょうか。

それは、小説にいちばん価値観を変えられたからです。

──具体的には、何があったんですか。

具体的にコレって言えるものがあるわけではないんですが。
ただ、マンガでも映画でも、言葉が残るんです、昔から。歌なら歌詞です。絵でも映像でも音でもなくて、インパクトは言葉にあった。言葉だけで成立している小説への憧れみたいなものがずっとありました。

でも一方で、小説を書くのは怖いという感覚も長い間消えませんでした。作家イコール偉い人というイメージも邪魔していましたね。いろんな人生経験を積んで深いことを考えてないと、小説を書いてはいけないんじゃないかというような。

──怖い、という部分をもう少し教えてください。

たとえばいまここで僕はインタビューを受けていますが、この部屋や空間を文章だけで表わすのはとても難しいことです。マンガだったら絵を描けばいいしカメラなら撮ればいい。しかし、文章だけで伝えるのはどうしたらいいんだろうという不安ですね。怖くて向き合えないから、絵や映像をつけることで言葉をおぎなっていたんです。つまり、逃げてたんですね。

──大学院での研究で、怖さは克服されましたか。

自分なりにマンガや映画、演劇の脚本などを齧(かじ)ったおかげで、小説に固有のものは何かが見えてきたということはあります。

──それは何だったのでしょうか。

描写、ですね。

──描写に感銘を受けた作家や作品などはありますか。

バルザックを読んだときの衝撃は大きかったですね。最初の何十ページも延々と描写が続く。ストーリーとはまったく関係なく、紋章の形がどうとか家の構造や地形がどうとか書かれ、ぜんぜん話が進まない。でもそこを我慢して三十ページぐらい読んでいくと、とつぜん頭のなかで映画が上映されているかのように映像がぱあーっと広がってくる。それがすごいなと。基本的にそういった描写の力は信じられますね。というか、描写のリアリティというのは他のメディアに置き換えることはできないでしょうね。

──描写というのは、簡単に伝えられることを敢えて時間をかけて伝えていく作業ですが。

そこが苦しいけど愉しいところで、小説の醍醐味ではないでしょうか。

──CWS創作学校(以下CWS)を受講するきっかけはその頃でしょうか。

そうですね。小説を書き出した25歳のときに通信添削部で2年ほど受講し、その後、通学部の創作演習コースにアドヴァンスし1年学びました。

──通学部に在籍中に新人賞を受賞されましたね。

2002年春から夏にかけて書いた「中国の拷問」[*6]ですね。締め切りが確か8月末、ぎりぎりだったんです。その当時、渡部直己さん[*7]の通学部の授業を受けていて、その渡部さんが選考委員をしている『早稲田文学』[*8]の新人賞に応募しました。

──選考委員はすごいメンバーでした。

渡部さん、絓秀実さん[*9]、山城むつみさん[*10]、松浦理英子さん[*11]、いとうせいこうさん[*12]の5人です。

【校註】

  1. 月刊漫画ガロは、1964年から2002年頃まで青林堂が刊行していた漫画雑誌。大学生など比較的高い年齢層の読者に支持され、その独創的な誌面と伝説的経営難の中で独自の路線を貫き、漫画界の異才をあまた輩出した。
  2. 川崎ゆきお(かわさき-、1951年―)は、兵庫県伊丹市出身(現在も在住)の漫画家、エッセイスト。
  3. ヌーヴェルヴァーグは、1950年代末に始まったフランスにおける映画運動。ヌーベルバーグ、ヌーヴ ェル・ヴァーグとも表記され、「新しい波」を意味する。
  4. 熊切和嘉(くまきり かずよし、1974年9月1日―)は、日本の映画監督。北海道帯広市出身。2014年、モスクワ映画祭で『私の男』が最優秀作品賞受賞。この映画をはじめ、熊切の作品は日本国内外の映画祭に多数出品・招待されている。
  5. 鬼畜大宴会(きちくだいえんかい、英題:KICHIKU)は、1997年制作、1998年公開の日本映画。監督は熊切和嘉で、彼の大阪芸術大学芸術学部映像学科における卒業制作として制作された16mmフィルムである。第20回ぴあフィルムフェスティバルで準グランプリを受賞し、学生の作品ながら異例の劇場公開がされ、ロングランヒット作となった。また第48回ベルリン国際映画祭にて招待作品として上映され、第28回タオルミナ国際映画祭でグランプリを受賞した。
  6. 「中国の拷問」は、第19回(2003年)早稲田文学新人賞を受賞した、仙田学のデビュー作。単行本『盗まれた遺書』に収録。
  7. 渡部直己(わたなべ なおみ、1952年2月26日―)は、日本の文芸評論家。構造的隠喩の分析を得意とする、いわゆる「テクスト論」の文芸批評家としてデビュー。『「電通」文学にまみれて―チャート式小説技術時評』『新・それでも作家になりたい人のためのブックガイド』(絓秀実共著)『本気で作家になりたければ漱石に学べ!―小説テクニック特訓講座中上級者編』『日本小説技術史』『小説技術論』など著書多数。
  8. 『早稲田文学』(わせだぶんがく)は、早稲田大学文学部を中心にした文芸雑誌。1891年(明治24年)、坪内逍遥が創刊。第2次『早稲田文学』は自然主義文学の牙城として、新現実主義の『新思潮』、耽美派の『三田文学』とともに日本文学史上知られている。何度かの休刊と復刊を繰り返し、2008年4月より第10次『早稲田文学』(早稲田文学会発行、太田出版発売)として商業誌として出版される。
  9. 絓秀実(すが ひでみ、1949年4月1日―)は、日本の文芸評論家。本名は菅秀実。近畿大学教授。日本読書新聞編集長をへて執筆活動にはいる。昭和57年『花田清輝―砂のペルソナ』を発表。58年渡部直己らと『杼(ひ)』を発刊し、近・現代文学の評論を展開。著書に『探偵のクリティック』『小説的強度』『革命的な、あまりに革命的な』など。
  10. 山城むつみ(やましろ むつみ-、1960年9月24日―)は日本の文芸評論家。東海大学文学部文芸創作学科教授。1992年「小林批評のクリティカル・ポイント」で群像新人文学賞評論部門受賞。2011年『ドストエフスキー』で毎日出版文化賞。著書に『文学のプログラム』『転形期と思考』『小林秀雄とその戦争の時―「ドストエフスキイの文学」の空白』など。
  11. 松浦理英子(まつうら りえこ、1958年8月7日―)は、日本の小説家。青山学院大在学中の1978年「葬儀の日」で文学界新人賞。1994年『親指Pの修業時代』で女流文学賞。2007年、『犬身』で読売文学賞。寡作で知られる。著作はほかに『ナチュラル・ウーマン』『裏ヴァージョン』など。
  12. いとうせいこう(本名:伊藤 正幸(読み同じ)、1961年3月19日―)は、小説家、タレント、作詞家、ラッパー、ベランダーとして幅広く活躍するクリエイター。近畿大学客員教授。東日本大震災をテーマとした『想像ラジオ』で野間文芸新人賞。『ノーライフキング』『鼻に挟み撃ち』『我々の恋愛』『どんぶらこ』『ボタニカル・ライフ 植物生活』『見仏記』(みうらじゅん共著)など著書多数。

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